日々ぽつぽつ

ささやかな暮らしを大切に 日々を慈しみたい

つんどくも良い効用があるんですって

「積読」→つんどく。
これは、はなっから恥ずかしいだけのことと思っていましたが
それはそれで効用があるらしいのです。

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本屋さん主導の本を売るための手段かとも勘ぐっちゃう気分もありますが
テレビで取り上げた趣旨は納得できました。

つまり
本の背を見えるように積んでおくことで
本の内容やタイトルを意識し
発想の種がいつも見えるということで
いい効果を生むということらしいです。

確かに♪

私も読んでる途中の本を
何冊も積んでおくことに
いつも後ろめたさを感じる半面
その本が視界に入るたびに
気持ちが高揚するのを
うっすらと感じていました。

これは知らず知らずに
本が発想や思考の種を撒いているということだったのかも。

背表紙から発せられるパワーって
確かにあります。

もちろん本棚に並ぶ本の背表紙を眺めることも
自分のなかに眠っている意識を呼び起こしたり
やる気の元を発掘したり
そんなことがありますよね。

これからは積読の本を
やましい思いで隠さずに
よく目につくところにディスプレイしてみようかな。



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[ 2017/09/04 19:10 ] | TB(0) | CM(6)

ふたり読書会、こつこつ継続中♪

友人とお互いに本を2冊ほど選んで
相手に渡し
次回までに読んで感想を話そう!
というワクワクな試みをはじめて
いつのまにか3年ほどが経ちました。

すっかりこの試みは友人との習慣になり
かつ心の栄養剤になっています。

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初めは会った時に本屋さんに行き
友人と相談しながら選び
同じ本を同時に読んでいたけれど
会ったときに本を選ぶより
会う前にそれぞれが本を選んで
交換するほうが
時間を有効利用できるし
意外性が面白いね!と
こういう形になりました。

友人に読んでほしい!
自分も読みたい!
そんな本を選ぶ時間も楽しいし
友人がその本を楽しんでくれて
共通の体験をしているというのがいい。

そして自分では選ばない本を
友人が選んで用意してくれるので
これがふだん使わない脳を刺激して新鮮。

ふだんまったく縁遠いテーマが
友人からの課題本として手元に渡される。
でも読んでみると
決して興味のないことではないと気づく。

初めは「?」と感じていることが
読み進んでいくうちに意外にも自分の心に馴染んでいく。
こんな発見もすごい。

シンクロニシティ。
この深い意味を感じることが
たくさんある。

この新鮮な遭遇の本との出会いを
これからもどんどん重ね
そして続けて
世界を広げていけたら。

だんだんいろんなことに蓋をしがちになるけれど
まだまだ未知の領域を知るチャンスはある!と
感じさせてくれるこの読書会に感謝。
そして友人に感謝。








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[ 2017/08/14 20:03 ] | TB(0) | CM(6)

死は悲しいだけではない~「西の魔女が死んだ」を読んで

「西の魔女が死んだ」
を読みました。
(遅いですね(^-^;)

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梨木香歩さんの描く温かい世界にひきこまれ
死が肉体の消滅であっても
魂は生き続けることを
より確信できたような気がして
俄然この著者のファンになってしまいました。

少女まいがおばあちゃんの家で暮らす日々は
生きるということは
学校なんかがすべてではなく
日々の営みを怠りなく積み重ねることが肝腎であって
ちいさな世界だけで閉じこもり息苦しくならないでいいんだよ・・・という
メッセージを感じました。

暮らしのなかの活き活きとした工夫や
おばあちゃんの頻繁に見せる「にやり」の表情が
温かくて好きです。

魔女になる修行、ととらえると
生きることが何やら苦しくなくなって
視点がちょっと上昇気流にのるみたい。

またゲンジさんの存在は
何を伝えようとしていたのだろうか。

決して善としての真っ直ぐな存在ではなかったけれど
おばあちゃんの人を疑わない姿勢(もっと的確な言葉があるはずなのに浮かばない)が
ゲンジさんにジワジワと伝わって
最後には
ゲンジさんのおばあちゃんへの親愛の情がありました。

ひとは信じ抜くことで
変わる存在だということを
伝えたかったのかもしれません。

昨年は毎週1冊の読書を目標にしながら
まったく達成できなかったので
今年こそその目標に向かって本をいつも傍らに・・・が
目標です。

大事なのは
量ではなく質なんですけれど、ね。






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[ 2017/01/25 07:15 ] | TB(0) | CM(4)

本屋さんは私の癒され処

稲城市若葉台にある コーチャンフォーは
巨大なワンフロアに書籍、文房具が並ぶ。

大きな書店が新しくできたと聞くと
行ってみたくなる。

こんな書店が近くにあったら
いくつになっても
しょっちゅう行っちゃうだろうなあ。
散歩がてらエネルギー補給のために通っちゃうな。

でもこちらは広すぎてワクワクが
ドキドキに変わり
じきにアセアセに。
つまりあまりにも夢が膨らんでしまい
(歳を重ねてもまだ夢だけはみてしまう^^)
自分の能力が全く追いつかず無力感に浸るという経過です。

本屋さんは私にとって夢をみる場所でもあり
現実を突きつけられるところでもあり・・・
それでも本の森を彷徨うのは
やっぱり至福のとき。

と言っても
読書家とは程遠く
読みたいという気持ちと
実際に読める量のギャップがあまりに離れすぎて
自己嫌悪に陥るんだけど。

併設のドトールで
コーヒーとミラノサンドのセットで一息。
このパターンもまたなんとも幸せ。

大きい書店が増えると
どうしても小さな書店にしわ寄せがきますね。

昔、学校の帰り道の途中にあった小さな本屋さんの存在は
未知の世界への入り口だったから
もっともっと個性的な本屋さんが街角に成り立てばいいなと
そんな夢も見てしまう。





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[ 2016/01/25 17:01 ] | TB(0) | CM(10)

赤毛のアンは今も心の奥深く

私が少女だったころ(果てなく遠くもあり、つい先日のようでもあり(^▽^;))
「赤毛のアン」に夢中になっていました。
多くの少女がそうだったように。

残念ながら朝の連続テレビ小説はいつも見られず
話題についていけなかった私なのですが
小説をもう一度読んでみたくなりました。

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といっても
昔の本はすでに手元になく
10年くらい前に買った講談社文庫が家にありました。
その頃にももう一度読みたい衝動があったんですね、きっと。
10年前、どうしてそんな衝動が起こったのか、今では思い出せませんが。

訳が村岡花子さんではなく
掛川恭子さん。

でもやっぱり面白くて
夢中になって読んでいます。

あの頃の少女(私のことです)はもう決してフレッシュとはいえない域に達してますが
ココロはまだ少女のままの部分が確かに厳然と残っているんだわ!

そしてアンの何事にも新鮮な感激を表現するあのエネルギーって
いくら歳を重ねたって大事なことなんじゃないかしら、って
思えてきたんです。

ちょっと忘れかけていたことを
思い出させてくれたみたい。

感受性の豊かなアンに惹きこまれながら
美しいものや美しい心に憧れ
また刺激され
多感な時期を過ごしたことを
今、鮮やかに思い出しています。





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[ 2015/10/16 22:06 ] | TB(0) | CM(6)